「朝霧」(永井龍男)

どのような「老い」を生きるか

「朝霧」(永井龍男)
(「日本文学100年の名作第4巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第4巻」新潮文庫

「朝霧」(永井龍男)
(「朝霧/青電車 その他」)
 講談社文芸文庫

「朝霧/青電車 その他」講談社文芸文庫

「私」の同級生・良英の
父親X氏は、元教員で
軽い痴呆を患っている。X氏は
これまでの生活習慣の遵守に
異様なまでに固執する。
そのため、息子の嫁を
家に入れることに躊躇し、
結婚を引き延ばしている。
一計を案じた良英は「私」に…。

読み進めると、
異様な行動の多いX氏。
作者・永井龍男は、このX氏の
律儀で几帳面な性格と、
現れつつある痴呆症について
丹念に描きこんでいます。

X氏は朝の出がけに
「今日の帰りは、五時十七分くらいに
なりましょう」と
老妻に告げるのですが、
ふと思い直して
「五時七分には帰る」と訂正、
しばらくすると取って返し
「やはり五時十七分に帰る」と
言い直す始末。

話の接ぎ穂に「私」が出した
テニスについて、
「テニスはいい、
はすにドライブを掛ける。
あのときがいい」と何度も繰り返す。
風呂釜が壊れて風呂に入られなければ、
不安で仕方なく、
夕御飯も食べずにすぐ寝てしまう。

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そんなX氏にとって、息子の結婚は、
息子を取られること以上に
自分の生活習慣を崩されることへの
不安が大きかったはずです。
良介が案じた一計とは、
一週間程度の家出です。
その間に、両親に気持ちの整理を
つけさせようというものであり、
「私」はその支援をします。
それは奏功し、めでたく若夫婦は
家に入ることになるのです。

さてその後、X氏が亡くなります。
残された日記帳には、
命日の一週間先まで記されていました。
それも、
2月11日 最中二個甘し
2月12日 鯉こく、ライス・カレー…。
東京大空襲の1ヵ月前であり、
そのようなものを
食うことはできません。
すべて妄想なのです。
これも生への執着なのでしょう。

今日のオススメ!

本作品で描かれているのは
「老いという生き方」なのです。
私たちは老いるとともに
いろいろなものを
受け入れなければなりません。
痴呆していく自分を受け入れ、
変わらぬ日常がかなわぬ時の
不安を受け入れ、
育てた子どもの独り立ちを受け入れ、
やがて訪れる死を受け入れる。

幸いなことにX氏は
厄介者扱いされることなく、
家族の中で自分の位置を
確保することができています。
現代では
なかなかこうはいかないでしょう。

生きている限り、
誰にも避けることのできない「老い」。
どのような「老い」を生きるか。
現代にこそ深く投げかけられた
問いだと思います。

※息子に家出されたときに
 X氏が発した言葉
 「ラセラスは、余りに、
 幸福すぎたので、
 不幸を求めることになりました」。
 この一節について
 書きたかったのですが、
 それはその出典元である
 ジョンソン著「幸福の探求」
 読んでからにしたいと思います。
 いつになることやら。

〔本書収録作品一覧〕
1944|木の都 織田作之助
1946|沼のほとり 豊島与志雄
1946|白痴 坂口安吾
1947|トカトントン 太宰治
1947|羊羹 永井荷風
1947|塩百姓 獅子文六
1948|島の果て 島尾敏雄
1949|食慾について 大岡昇平
1949|朝霧 永井龍男
1950|遥拝隊長 井伏鱒二
1951|くるま宿 松本清張
1952|落穂拾い 小山清
1952| 長谷川四郎
1952|喪神 五味康祐
1953|生涯の垣根 室生犀星

(2021.5.9)

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